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熊本地方裁判所 昭和45年(ワ)590号 判決

原告

藤川ハル子

被告

川野益男

ほか一名

主文

一  被告らは原告に対し、各自金八四万八六〇七円とこれに対する昭和四四年七月一六日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

四  この判決は主文第一項に限り原告において金二〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金一〇三七万〇五三五円および内金四九二万一九七〇円に対しては昭和四四年七月一六日から、内金四二九万九六〇〇円に対しては昭和五〇年一月一日から、内金一一四万八九六五円に対しては昭和五二年一月一日から、各支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

請求原因

一  本件事故の発生

昭和四四年七月一五日午後三時三〇分ころ、熊本県菊池郡大津町瀬田国道五七号線キグナスガソリンスタンド前路上において、原告が軽四輪自動車(以下原告車と略す)を運転して立野方面から大津方面に向け進行中、同車の後方から同方向に進行してきた被告川野益男運転の大型貨物自動車(以下被告車と略す)が原告車を追い越しにかかつたが、その際、被告車の左後輪付近を原告車の右側前部の車体に衝突させたため、原告車は右キグナススタンドに突つこんで停止した。

二  被告の責任原因

(一)  本件事故は、被告川野益男が先行する原告車を追い越すに際し、接触の危険を避くべく十分な間隔を保持すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、漫然原告車の前方へと被告車を進行させた過失により生じたものであるから、被告川野益男は民法七〇九条により本件事故による損害につき賠償すべき責任がある。

(二)  被告東南運輸株式会社は、被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから自動車損害賠償保障法第三条にもとづき、本件事故による損害について賠償すべき責任がある。

三  損害

(一)  原告は、本件事故により頸部筋症候群、自律神経失調症群、左前胸部打撲、鞭うち症等の傷害を被り昭和四四年七月一六日から昭和四五年七月一八日まで熊本県阿蘇郡白水村の寺崎医院において治療を受け、その間昭和四四年七月二八日から同年一〇月五日までは同病院に入院したが経過が思わしくないため昭和四五年二月二四日から昭和五〇年九月八日まで阿蘇郡高森町の平田病院に通院した。

なお、昭和四五年には熊本市の済生会熊本病院で合計三日間通院して加療を受けている。

さらに、病状が好転しないため、昭和四六年四月一四日から昭和四七年四月三日まで熊本大学医学部付属病院に入院し、退院後も、昭和四九年一一月二九日まで同病院で通院治療を受けその後、現在に至るまで武井病院その他で通院治療を受けると共に、マツサージ治療などを受けている。なお原告は、本件受傷によつて自動車損害賠償保障法施行令別表一二級の後遺症と査定されている。

(二)  本件受傷による損害の数額

1 治療費 七八万一八四〇円

前記治療により寺崎医院四四万三三二一円、平田病院一万五四六一円、済生会熊本病院四四四〇円、熊大付属病院二九万二五〇七円、その他の病院二万二六一一円の各治療費のほか頸椎用ギブス製作費用として三五〇〇円を要した。

2 マツサージ治療費 二六万八九三〇円

医師の勧めにより森山鍼灸院ほか六か所で鍼灸マツサージの治療を受けたが、その治療費が二六万二九三〇円であり、鈴木接骨院におけるマツサージの費用として六〇〇〇円を要した。

3 入院及び通院雑費 一八万一二〇〇円

(1) 前記入院のため寺崎医院については一日二〇〇円の七〇日分一万四〇〇〇円、大学病院については一日三〇〇円の三五八日分一〇万七四〇〇円の雑費を要した。

(2) 前記通院のため、寺崎医院については、一日一〇〇円の一八一日分一万八一〇〇円、平田病院については、一日二〇〇円の四六日分九二〇〇円(バス交通費込)、済生会熊本病院については一日五〇〇円の三日分一五〇〇円(バス交通費込)、熊大付属病院については一日五〇〇円の六二日分三万一〇〇〇円(バス交通費込)の雑費、交通費を要した。

4 逸失利益 五四四万八五六五円

(1) 原告は熊本県阿蘇郡白水村において衣料商を営んでいたが、本件受傷により事故当日たる昭和四四年七月一五日以降現在に至るまで休業を余儀なくされているから、昭和五〇年一二月三一日までの休業損を裁判資料一〇九号掲載、労働省発表の「賃金構造基本統計調査報告」中、「年齢階級別きまつて支給する現金給与額、所定内給与額、年間賞与その他の特別給与額」の女子労働者、企業規模計、学歴計の部分および「都道府県別パートタイム労働者を除く労働者の年齢階級別きまつて支給する現金給与額等々」の給与表によつて計算すると、四二九万九六〇〇円となる。

(2) 原告は本件受傷により、自動車損害賠償施行令別表一二級の後遺症と査定されているところ、事実上は一二級以上の労働能力減少をきたしており、この後遺症は、就労可能期間を通じ継続すると認められるから原告は、稼働期間一四・一パーセントの労働能力を喪つたとみるべきである。

そこで、前記裁判資料中「昭和四八年都道府県別パートタイム労働者を除く労働者の賃金表熊本県女子の部」を基礎資料として、逸失利益を算定すると、原告が五四歳たる昭和五〇年が一五万三六一九円、五五歳たる昭和五一年が一〇万三七九〇円となる。

また昭和五二年以降の逸失利益は原告の就労可能年数が一一年であり前記基礎資料により原告の年収が七三万六一〇〇円と推定されるから、ホフマン式計算により年五分の中間利息を控除してその現価を求めると、八九万一五五六円となる。

そこで(2)の部分を合計すると一一四万八九六五円となり、(1)(2)を合計すると逸失利益総額は五四四万八五六五円である。

5 慰藉料 二八三万円

(1) 原告は本件事故による受傷のため前記のように長期間の入院及び通院治療を余儀なくされ、甚大な苦痛を被つたものであるから、これが慰藉料としては二〇〇万円をもつて相当とする。

(2) 原告は前記のごとく本件受傷により自動車損害賠償保障法施行令別表一二級の後遺症と査定されているが、現在に至るも病状は好転せず、下半身の運動障害、知覚障害、鞭うち後遺症による頸部の苦痛等により毎日苦しい生活を強いられており、かかる苦痛は終生継続するものと考えられるから、これが慰藉料としては、金八三万円をもつて相当とする。

以上(1)(2)を合計すると慰藉料額は二八三万円である。

6 その他 一六七万円

原告は以前から衣料店を経営し本件受傷当時三三二万円相当の在庫商品を有していたが、本件受傷のため右商品の販売が不可能となつているうち、その価値が次第に下落し、昭和四七年一月一五日やむなく代金一六五万円で右商品を売却するに至つた。

しかるところ、本件受傷当時の右商品の価額と売却代金との差額一六七万円は、本件受傷による損害である。

四  損害の填補

原告は自動車損害賠償責任保険から八一万円の支払を受け、原告の損害残金額は一〇三七万〇五三五円である。

よつて原告は、被告に対し、損害賠償金一〇三七万〇五三五円と、内金四九二万一九七〇円に対して不法行為発生日の翌日たる昭和四四年七月一六日から、内金四二九万九六〇〇円に対して昭和五〇年一月一日から、内金一一四万八九六五円に対して昭和五二年一月一日から各支払ずみまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

請求原因に対する認否

一  請求原因第一項中、原告主張の日時、場所において被告車が原告車と接触した事実はこれを認め、その余の事実は否認する。

二  同第二項中被告東南運輸株式会社が運行供用者であることは認めるが、その余は争う。

三  同第三項(一)は不知、同第三項(二)はいずれも否認する。

被告らの主張

一  過失について

1  本件事故発生につき被告には何等の過失もなく、右事故は、原告の一方的過失により惹起されたものである。即ち、被告は、前記日時場所において、自車後方に二〇台以上の自動車がつかえたことから原告車を追い越しにかかつたが、その際、原告は、被告車の動向に気付いていたのであるから、被告車が安全に追い越しを完了するよう自車を制御すべき業務上の注意義務があるにもかかわらずこれを怠り、中央線付近を蛇行運転したため、被告車の追い越しが困難となり前方から対向車が来たので被告車においてこれを避くべく左方向に寄つたところ、同車の左後車輪が原告車のフロント右側に接触し、本件事故となつたものである。

2  かりに、被告において何らかの過失が認められるとしても、本件事故発生の一因として、原告が被告車の動向を知りながら中央線付近で蛇行運転した事実が認められ、その過失は被告の過失に比して重大であるから、過失相殺を主張する。

二  本件事故と損害発生との因果関係について

本件事故による接触個所は、被告車の後車輪と原告車の最前部右側で、同方向に走行中の接触ということもあつて接触の程度は極めて軽微なものであるが、かかる軽微な接触から原告主張の損害が発生することはあり得ない。

従つて、かりに、原告主張の損害が認められるとしても本件事故との因果関係を認めることはできないものである。

三  損害の範囲と損害額について

かりに、本件事故と原告の損害発生との間の因果関係が肯認されるとしても、原告主張のマツサージ治療費や、頸椎用ギブス製作費用などは、被告が賠償すべき相当範囲とは認められず、また、その他の治療費、逸失利益、慰藉料などは余りに多額にすぎるものである。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因第一項中、原告車と被告車とが前記日時・場所において接触した事実については当事者間に争いがない。

二  そこで本件事故発生につき被告川野益男の過失の有無を検討すると、成立に争いのない甲第二五号証、証人中川澄雄の証言、同松岡直の証言を総合すれば、被告川野益男はタンクローリ車を運転し時速三〇キロメートル以上の速度で国道五七号線を走行していたが、大津町瀬田キグナス石油店付近において、前方を走行する原告運転の軽四輪自動車を追い越しにかかつたところ被告車の後輪と原告車の右前部が接触し本件事故が発生した事実を認めうる。

ところで先行する自動車を後行の車が追い越すに際しては、四囲の状況を判断し後行車に対して警笛等により合図し、かつ追い越し後後行車との間に十分な間隔を保持して運行する業務上の注意義務が存することはいうまでもない。

従つて、本件のごとき接触事故が発生した以上、原告において異常なる運転動作がなされるなど特段の事実の認められぬ限り、被告川野の過失を推定すべきところ、原告車の中央線超過の事実は認められず、前掲各証拠によれば原告車の車線内における接触と認められるうえ原告の異常運転の事実を認められないから、右被告車につき過失なしとする被告らの免責の抗弁は理由がない。

従つて、被告川野益男は民法七〇九条により原告の損害について賠償する責任があり、また被告東南運輸株式会社が被告車の運行供用者である点については争いがないから、被告会社は、自動車損害賠償保障法第三条により、本件事故による原告の損害について賠償すべき責任がある。

三  次に、原告の被つた損害につき判断すると弁論の全趣旨によつて成立の認められる甲第九号証、成立に争いのない同第一〇号証、及び原告本人尋問の結果によると、原告は本件事故の翌日たる昭和四四年七月一六日頭痛のため、熊本県阿蘇郡白水村所在の寺崎医院で診察を受け、以来数回の通院を経た後同月二八日から七〇日間同医院にて入院加療を受け、さらに昭和四五年七月一八日に至るまで、同医院において一八一日に及ぶ通院加療を受けた事実が認められた。

また、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一九号証の一ないし三、同第二〇号証の一ないし八、同第二一号証の一ないし八、同第二二号証の一ないし五、同第二三号証の一ないし八、同第二四号証の一ないし四、及び原告本人尋問の結果によると原告が昭和四五年二月二五日から同年四月二〇日にいたるまで三六回にわたり熊本県阿蘇郡高森町所在の平田病院にて通院加療を受けた事実が認められ、さらに成立に争いのない甲第四号証及び弁論の全趣旨によつて成立の認められる甲第一六号証の一ないし四によると、昭和四五年四月済生会熊本病院において二回の治療を受けた事実が認められる。

そして弁論の全趣旨によつて成立の認められる甲第一一号証によれば、昭和四五年四月一八日において、原告の自覚症状として頭痛、頂部痛及び手のしびれ感、他覚症状として頸部から胸部にかけての知覚鈍麻がそれぞれ認められレントゲン撮影の結果によれば頸椎が変形し、第四椎体の前方上りと第一椎体と第二椎体間の狭小が認められ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

四  そこで、原告の右症状と本件事故との因果関係につき検討すると、(1)成立に争いのない甲第二五号証、証人元村典義の証言によれば、本件事故により原告車のフロントバンバ、右フロントフエンダ、右サイドミラーの個所に破損が認められるものの、同車の被害見積額は当時三〇〇〇円から四〇〇〇円にすぎないものと認められ、また接触部分は黒タイヤによる擦つたような傷があるのみで、軽微の破損状況であつたことが認められ、(2)証人重光正吉の証言によれば、事故直後原告側が被告川野益男と本件事故による損害について示談するにつき、事故の人体への影響は全く考慮しなかつたこと及び成立に争いのない甲第二五号証によれば、本件事故処理を担当した大津警察署の警察官も双方に示談が成立し、後日紛争のおそれがないものと判断して軽微物件事故として処理した事実が認められ(3)証人中川照男、同中川澄雄の各証言原告本人尋問の結果によれば本件事故当時、原告車には中川照男、中川澄雄、原告の三人が乗車し、運転手が原告、助手席に中川照男、後部座席に中川澄雄という配置であつたが、中川照男と中川澄雄らはいづれも人体に影響を受けなかつたし、前記甲第九号証によれば、原告の初診時における状態及び徴候は頭痛等はあるものの、意識消失はなく、また脳神経学的には異常のなかつたことが認められる。

従つて、これらの事実によれば、本件事故は極めて軽微な接触事故と推認され、接触による物理的衝撃と原告の損害発生との因果関係につき被告らがこれを否定するのも理解しえないではない。

しかしながら前記認定にかゝる各事実によれば、原告は事故の翌日頭痛をうつたえて寺崎医院で診察を受けて以来、約一年間に三病院にあわせて二一九日間通院加療を受けたうえ、事故の二週間後たる昭和四四年七月二八日から七〇日間の入院加療を受けており、また前記甲第二号証、同第三号証、同第一一号証を総合すれば、昭和四五年二月ころには頭痛、頂部痛のほか両手や上肢にしびれ感が認められ、同年四月一八日の検査において頸椎部分の損傷の存することが認められる。以上の事実に照すと、特段の事情の認められない限り、原告の右損傷は本件事故に起因することを肯認すべく、他に右特段の事情を認めることはできないから被告らの因果関係なしとの主張はこれを採用する理由がない。

五  進んで原告の損害額について検討するに、原告車と被告車との接触の程度は極めて軽微なものであり同乗の二人においては、接触当時のみならずそれ以降も何ら人体に影響を受けていないことは前示のとおりであり、しかも原告が被つたいわゆるむちうち損傷においては、回復につき被害者の心因要素の少からざること及び早期の適正な診断と適切な治療により大部分軽快に向うことは一般的に肯認されているところであるから、本件のごとく、事故の態様から、通常予想される範囲を越えて過大な損害が発生したと主張する場合には、特段の事由の認められない限り、通常範囲を超える損害の賠償を求めることはできないと解するのが相当である。

そこで以上の前提のもとに被告の賠償すべき損害の範囲と数額を各損害項目ごとに確定する。

1  治療費

前記認定と成立に争いのない甲第六ないし第八号証、口頭弁論の全趣旨によつて成立の認められる甲第一六号証の四によれば、原告は寺崎医院において昭和四四年七月一六日から昭和四五年一〇月まで約一年三月半にわたり通算一九二日間の通院加療を受けたほか、同医院に七〇日間入院し、さらにその間、昭和四五年二月二五日から同年四月二〇日に至るまで、三六回にわたり、前記平田病院にて通院加療を受け、同年四月と一一月には済生会熊本病院にて合計三回の治療を受けているが、受傷後約一年三月半に及ぶ右のごとき治療のため要した費用、および右に付随する費用は、これを肯認すべきものである。

ところで、原告は更に昭和四六年四月一四日より昭和四七年四月六日まで熊本大学医学部付属病院にて入院加療を受け、退院後も昭和四九年に至るまで同病院に通院加療を受けたと主張する他、現在に至るまで事故による受傷が完治せずマツサージ等を含む各種治療を継続していると主張して、その間の治療費を請求しているので考えるのに、(1)前記のごとく軽微な接触事故による損害として受傷後一年九か月後以降の新たな治療による費用は、通常予想される範囲を逸脱しているうえ、前記甲第六ないし第八号証、同第一六号証の四及び弁論の全趣旨によれば、昭和四五年七月一六日以降は通院日数も一二日と大幅に減少し、同年一一月三〇日以降は昭和四六年四月まで治療をした事実を全く認めえず、(2)かつ成立に争いのない甲第一〇、一一号証によれば、昭和四五年四月一八日段階において頸椎ねんざの後遺障害の診断が一応下され、昭和四五年一二月ころ熊本査定事務所は、一二級一二号の後遺障害を肯認しているものであるから遅くとも昭和四五年一二月段階において、後遺障害は固定したものと認められる。

従つて、原告の主張中熊大病院入院以降の治療費およびその付属費用は相当の範囲を超過するものとして是認しえない。

そこで、右において認めらるべき治療費の数額を算定すると、前記甲第一〇号証によれば、寺崎医院における治療費として、三二万〇〇七二円が認められ、また前記甲第一九号証の一ないし三、同二〇号証の一ないし八、同二一号証の一ないし八、同二二号証の一ないし五、同二三号証の一ないし九、同二四号証の一ないし五により平田病院における治療費として、一万一六八一円が認められ、昭和四五年四月分の済生会熊本病院の治療費として、前記甲第一六号証の一ないし四により四四四〇円が認められる。

また、弁論の全趣旨によつて成立の認められる甲第一六号証の六によれば、原告は、昭和四四年八月頸椎用ギブス費用として三五〇〇円を要した事実が認められるので、治療費の合計は三三万九六九三円となる。

2  入院雑費および通院雑費

原告が寺崎医院における入院雑費として、一日二〇〇円、通院雑費として白水村所在の寺崎医院は一日一〇〇円、高森町所在の平田病院は一日二〇〇円、熊本市所在の済生会熊本病院は五〇〇円の各支出を余儀なくされたことは経験則上これを認めるので寺崎医院における入院期間七〇日、同医院、平田病院、済生会熊本病院の通院各日数それぞれ一九二日、三六日、三日であるから、入院雑費は一万四〇〇〇円、通院雑費は合計二万七九〇〇円と認められる。

3  休業損害

証人中川照男の証言、および原告本人尋問の結果によると原告は熊本県阿蘇郡白水村において、衣料商を営んでいた事実が認められるところ、前記認定した事実によれば原告は事故発生の翌日から昭和四五年七月一五日まで一年間に約二九〇日間入院、通院をしているから、右の期間中原告は休業を免れなかつたというべきである。また、昭和四五年七月一六日以降同年一一月二日までの期間をみるに、その通院日数は一二日に減少し、それ以降は昭和四六年四月まで通院の事実を認めえないものであるが、前記甲第二、第三号証、同一〇、一一号証によれば、原告は頸椎ねんざにより第一二級の後遺障害を被つたものであるから原告の職業の性質をも考慮すると、昭和四五年七月一六日以降につき三割の休業損害があつたものと認めるのが相当である。他方、前記認定のごとく遅くとも昭和四五年一二月には、原告の症状が一応固定したものと認められ、本件事故が軽微な接触によつて生じたことをもあわせて考慮すると、被告が賠償すべき休業損害は昭和四五年一二月をもつて限度とすべきものである。

しかるところ、原告の収入額を具体的に確定すべき証拠がなく、原告は弁論の全趣旨により大正一〇年四月二〇日生れの女性と認められるから昭和四四年、四五年度の企業規模計、学歴計の四〇歳から四九歳までの女子労働者の平均収入により同人の年間収入額を推定し、同人の休業損害を算定すると昭和四五年七月一四日までが五一万〇八七九円、翌一五日以降同年一二月三一日までが七万七二四七円となり合計五八万八一二六円となる。

4  逸失利益

前記甲第一〇、一一号証及び口頭弁論の全趣旨によれば、原告は頸椎部分の損傷により一二級の後遺障害を受けたことが認められる。

そして、右後遺障害による労働能力喪失率は一四パーセントと推定されるが、本件のごとき頸椎の損傷については二年をもつて喪失期間とするのが相当であり、弁論の全趣旨によれば原告は昭和四六年四月二日をもつて五〇歳となることが認められるから原告の年収を、昭和四六年度と四七年度の企業規模計、学歴計の五〇歳から五九歳の女子労働者の平均収入から推定すると、昭和四六年度が、六二万九一〇〇円、昭和四七年度が七二万〇一〇〇円となるから同人の二年間の逸失利益の合計は、一八万八八八八円となる。

5  慰藉料

前記のごとく原告は本件事故後一年三月半の間に通院日数二三一日、入院日数七〇日に及んでおり一二級の後遺障害が認められ、また弁論の全趣旨によつて成立の認められる甲第二八号証の一ないし二五、同第二九号証の一ないし五九によれば原告は、昭和四五年四月以降も、熊本大学付属病院において入院及び通院加療を受けた事実が認められる。

しかしながら、本件事故は、前記認定のごとく極めて軽微な事故であり、本人の精神的肉体的要因および事故後の治療等の様々な要素により当初予想された範囲をはるかに超過した損害が生じたものと推認される。そこでかかる事情とその他諸般の事情を斟酌すると、原告の精神的苦痛を慰藉するに五〇万円をもつてするのが相当と認める。

6  その他

前記認定のごとく原告は阿蘇郡白水村において衣料商を経営しており原告本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第三一号証および原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和四七年二月二七日同人の所有にかかる店舗兼住宅と店舗内商品の一切を訴外後藤信博に対し金二五〇万円にて売却した事実が認められる。しかしながらも原告が本件事故に遭遇した当時の右店舗内の商品量およびその価額はこれを認むべき資料がないから、原告の主張の損害の発生を認めることはできない。

従つて、その余の点の判断を待つまでもなく、原告主張にかかる店舗内商品の価値下落による損害は肯認しえない。

六  過失相殺

被告の過失相殺の主張について判断するに、被告川野益男は原告車を追い越すに際し、警笛を何回か鳴らしたにもかかわらず、同車は中央線付近を蛇行運転したと主張する。

ところが、成立に争いのない甲第一三号証、証人重光正吉の証言、原告本人尋問の結果、被告川野益男本人尋問の結果によれば、被告川野益男は本件事故発生後直ちに原告車の破損個所の修理要求に応じ、三里木の松新商事において修理費用の見積を依頼したうえ、「此の度のニツサン車両破損について私が不注意なので一切の修理及び損害は私の方で致します。右の通り誓約致します。」との誓約書を原告宛書いた事実が認められる。

また、成立に争いのない甲第二五号証の二によれば大津警察署の警察官においても被告川野益男が本件事故発生につき自己に専ら責任のあることを自認したことから軽微物件事故として処理した事実が認められるものである。

従つてこれらの事実によると、原告車が中央線付近を蛇行運転していたとの被告川野益男らの供述は信憑性がなく、他にこれを覆すに足るべき証拠はないものであるから被告の過失相殺の主張は理由がない。

七  損害の填補

原告が本件事故による損害の賠償として自賠責保険から金八一万円の給付を受けたことは原告の自認するところであるから損害賠償額より右八一万円を控除すると、被告において賠償すべき損害賠償額は金八四万八六〇七円となる。

八  結論

以上認定したところによれば、被告らは、原告に対し各自金八四万八六〇七円およびこれに対する不法行為発生の日の翌日たる昭和四四年七月一五日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて原告の本訴請求は右の限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項但書、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松田冨士也)

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